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中国世界遺産−頤和園−(いわえん)
中国語では[颐和园] 中国語読みでは[yiheyuan] |
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頤和園とは |
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非常に整えられた美しい庭園公園。
1998年にユネスコの世界遺産に文化遺産として登録された。
まず頤和園に関する歴史を見てみよう。
1750年崇慶皇太后の還暦を祝い乾隆帝が西山、玉泉山、寿安山の造営、西湖、高水湖と養水湖を貯水池することを命じた。
1764年清猗園が完成している。
1860年清猗園は第二次アヘン戦争で英仏の軍隊により消失する。
1884年-1895年には西太后の隠居後の居所のために再建される。
1888年頤和園と改称、離宮とされた西太后の避暑地に利用された。
1900年八カ国連合により一部破壊されたが1902年に修復されている。
1914年には有料での一般開放がなされた。
1949年に中華人民共和国が成立すると頤和園には中国共産党中央党校が設置された。
1953年以降、頤和園は公園となり一般開放された。 |
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現在の頤和園 |
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場所は北京の北西15キロほど、海淀区にある。 面積は約2900`u、そのうちの75%が湖だ。
小高い山の上から頤和園を見下ろす。非常に綺麗な、また穏やかな時間が流れる庭園だ。
西太后が好んだのもよくわかる。
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世界遺産にふさわしく、保存状態も非常によかった。
湖は昆明湖と言う。その昆明湖沿いには「長廊」(長い廊下みたいな)があり、これが700mも続いている。
その間には杭州の西湖の風景など、14000枚の絵が描かれていてとても美しい。

西太后はここをよく散歩したらしい。
そして有名な石の船。これは大理石で作られているそう。
そしてこれには清王朝は決して「沈まぬことがない王朝」だということを示していた。

ちなみにこの船は「清晏舫」と呼ばれていて、ここから本物の船への乗り降りを行ったみたい。
やわらんが訪れたのは12月で、湖の淵は氷がはっていた。
冬になるとスケートをする姿もみられるそうだよ。 |
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